友達

   転校
                      5年 タツヤ

 今まで何回か転校をしてきました。しかし、もう転校はしたくありません。
 ぼくは、生まれた時から仕事の関係で転校をくり返してきました。
 生まれたところは、Yです。
 二才ぐらいからTに行きました。Tには、ぼくの家があります。
 小学校に入って最初の先生のことは、今でも一番心に残っています。この先生は、とてもやさしくてたのしい先生でした。朝は歌をうたって、帰りは楽器でかんたんで短い曲を演そうしていました。ぼくたちも、いっしょに歌ったり、口ずさんだりして、楽しかったです。
 そして先生が転勤することになって、クラスの半分くらいの人が家まで泣いていました。それが、ぼくの最初の「お別れ」です。
 Tにいる時の一日のすごし方は、友だちと釣りに行くか海や水なし温泉で泳ぐことでした。
 Tの海は、漁に出る人が多いので船がたくさん通ります。海はあまりきれいではありませんが、魚はたくさんいます。釣りに行くと、何匹もつれました。
 Tにいた時の思い出は、まだたくさんあります。でも四年生の始めに、S町に転校することになりました。
 Sに行くとき、ぼくは、みんなに転校することは言いませんでした。突然の転校だったからです。
 けれどもみんなは、転校したことがわかった時、すぐに手紙を出してくれました。
 Sには、もともと知っている人が何人かいたのですぐに慣れました。いとこもいたので、分からないことは、何でもいとこの人に聞いていました。
 Sでは、部活をしていたのでめったに遊ぶ時間はありませんでした。
 休みの日は、友だちの人とプールに行って遊んでいました。
 Sにいる間は、もうTにもどれないと思っていました。
 しかし、五年生の始めにTにもどれることになりました。
 Sではおわかれ会をしました。いとこのお母さんにすすめられて、ぼくからみんなにプレゼントをわたしてTにもどりました。
 Tの学校に通いはじめてからほとんど釣りや海で泳ぐ遊びはしないで、友達の家に行ってゲームで遊んだり、話をしたりしました。久しぶりに再会したので、みんな、ぼくと話をしたかったようです。
 でも五年生の二学期から、稲里の学校に通うことになりました。
 最初は、すむ場所や家で使う物を買うのでたいへんだったし、せっかくTに帰ってきたのに、またはなれなければならないのが悲しかったです。
 でも稲里に来てくらしたら、海はないけどお母さんといっしょだし、緑の中でくらすのも気持ちいいです。
 稲里では、初めての体験ができました。
 一つ目は、作物を育てることです。スイカやヤーコンを育てたり、稲刈りをしてみんなで食べたりしました。
 ぼくは、途中から育てたけどとてもたのしいです。
 二つ目は、スキーです。
 歩くのはかんたんでした。しかし、スピードを出したり坂からすべるのはむずかしくて、転んでばかりでした。しかし、練習するうちに上手になってきました。
 三つ目は、スケートです。
 最初は、歩くこともできませんでした。今でもなかなかできません。来年はがんばりたいです。
 四つ目は、スノーモービルです。
 初めて乗った時はこわかったけど、乗れるようになってスピードを上げたら、とても気持ちよかったです。また来年も乗りたいです。
 ぼくは、まだたくさんの経験をして、たくさんの思い出を稲里で作れると思います。
 でも二、三年先ぼくは、またどこかにいかないといけません。
 その時は、稲里をはなれて、別の知らない町に行くことになると思います。そこでは、きっと、Sや稲里と同じように、初めてすることがあって、新しい友達と楽しい生活ができると思います。転校をくり返したおかげで、ぼくは、友達をつくるはけっこう上手です。
 しかし、友達がたくさんいて楽しかったぶん、悲しい別れをしなければなりません。きっと、稲里でのお別れ会は、今までで一番悲しいものになると思います。父や母とはなれてくらすのはもっと嫌なので仕方ないけど、できることなら、お別れを意識することなく、友達と過ごしたいなと思います。生まれたときからずっといっしょの稲里が、少しうらやましいです。
 ぼくは、一番長く過ごしたTが、一番好きです。いつかもどって、また長い間友達といれたらいいなと思っています。


 ※地名は伏せさせていただいています



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